院長からのお便り

2013.01.08更新

ずいぶん前になりますが、健康な心臓のエコーのデータを集めるために、トリミングに来る健康な子達を対象に心臓のエコー検査をさせてもらった事があります。

その時、検査前の聴診などでは心臓の異常を認められない子でも、実際にエコー検査をしてみると心臓の弁膜の変性などの異常があるケースが、時々見られました。

特にワン子の場合、
心臓の雑音は、主に左心室と左心房の間の僧帽弁がきちんと閉じられていなかったりして逆流している事が多いですが、これは歳をとって弁膜が変性・変形してきちんと閉じなくなる事で起こります。

ところが、変性は起こっているものの弁と弁の隙間がなく、心臓の機能としては正常なケースが時々見られます。
(中には奇跡的に、としか言いようのないほど弁の変形が進んでいながら血液の逆流がない子もいます)

逆流がないわけですから、まだ心臓に対する負担はないか、あっても治療の必要なしと判断されるほど軽微なものが多く、言ってみれば潜在的な心臓病予備群という状況です。

ところが、こういう子がひどく興奮したり、麻酔などなんらかの重大なストレスにさらされた時、この奇跡的なタイミングで隙間なく閉じられていた弁の動きが乱れて血液の逆流が生じて、心臓病が発症してしまう事があります。

また、同じく聴診などでは異常を認めないものの、エコー検査をしてみると右側の弁(三尖弁)ですでに逆流が始まっている事があります。

右心系は左に比べると血圧が低いため、血液の流れも速くないため勢いがなく、逆流してても大きな音が立たないので気がつきにくいのです。

右心不全は咳したりという事もほとんどないのでご家族が病気の進行に気がつきにくく、散歩中に失神したり身体がむくんで来たりおなかに腹水がたまっておなかが張ってきたりと、末期になってから気がつく事もあるくらいです。

そんな子に、知らずに麻酔をかけたりすると当然、麻酔事故が起きる可能性は高くなります。

普通、特に異常がないのに心臓のエコー検査をする事は稀なので、麻酔事故やその他の突然死にはこういうケースも含まれているのではないかと思います。

心臓病に熟練している獣医師なら、初期の三尖弁閉鎖不全は判らないまでも、重度の逆流が起きていれば聴診で検出できますが、残念ながら100%ではありません。


また、
老齢のペットに対する麻酔で、心不全と併せて注意しなければいけないのが腎臓の機能低下です。

ここでのお話は、生憎と犬や猫でのデータを持ち合わせておらず、人間でのお話になりますが、腎臓の構造上同じ理屈だと思います。

まず、腎臓は加齢と共に腎臓そのものの重量が軽くなっていきます。

これは、腎臓の内容で加齢と共に失われていく部分がある事を示しています。

血液をろ過する装置である糸球体という器官は、糸球体に流れこむ細動脈という血管が狭くなったりふさがったりするために働かなくなって徐々に失われていき、糸球体の数の減少に伴って尿を濃縮したり薄めたり、老廃物を排出する能力が低下します。

しかし、年齢に伴う変化が生じても、体の要求に答えられるだけの腎機能は保たれるので、年齢とともに生じる変化は、それ自体が直接病気を引き起こすものではありません。

しかしこうした変化によって、腎臓の予備力は確実に低下します。

イメージとしては、若い時に10個の糸球体があったとして、それぞれが10%ずつ働けば全体として100%機能していたところを、加齢と共に糸球体の数が10個から5個、2個と減っていくに従って、それぞれが20%、50%分働かなくてはいけなくなるため、機能的に余裕がなくなると思っていただければ良いと思います。


また、麻酔時には心臓の拍動は緩やかになって、血圧も下がる事が多いです。
血圧低下作用の少ない麻酔薬もありますが、一般に麻酔時には程度の差はあっても血圧の低下が起こると思って良いでしょう。

さらにそれが外科手術の場合は、出血その他の侵襲刺激のために低血圧になります。

血圧が下がって、特に腎臓へ血液を運ぶ血管の血圧が下がりすぎると、下がった血圧を戻そうとして腎臓の血管が収縮するか、場合によっては閉じてしまうために、糸球体に流れ込む血液の量が減ってしまって、先にお話した、加齢と共に減っていく糸球体と同じ現象が極めて短時間で起こってしまいます。

まだ腎臓に予備力があれば、現役の糸球体ががんばる事で腎機能を維持できるのですが、この予備力が不足している場合は、失われた機能を補うことができずに腎機能低下症ー腎不全という、病的な状態になってしまいます。

通常、麻酔の前後の的確な検査・処置と術中のモニターと輸液での血圧維持でこの事態は避けられますが、老齢の場合は残念ながら必ずしも100%とは言えません。

これは、他にも原因は考えられますがその子の臓器の予備力の低下も一因になっています。



今回お話した「まだ病気ではない状態」は、麻酔に限らずどんな事がきっかけでそのバランスが破綻して病的状態になるかわからない部分があります。

獣医療では一般に、何か異常がない限りエコーやレントゲンなど専門的な検査は行われていませんが、人間ドックのように、ある程度の年齢になったらより精密な検査を受ける機会があっても良いと思います。

投稿者: 博多北ハート動物病院

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